Oldies Pops Part 2
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 `50〜60年代の所謂オールディーズ・ソングです。
 この項目も100曲に到達して終いましたので、新たに101曲目から再開という事で、また綴り始めます。

My Home Town Cry, Cry, Cry Sad Story I Wouldn't Buy A Used Car From Him Poetry in Motion
Bye Bye Love Sherry North Wind  Thanks a Lot Kaw-Liga
The Lone Teen Ranger Three Steps to Heaven Save the Last Dance for Me Money (That's What I Want) (Ghost) Riders in the Sky
Rawhide Wonderful World Under Your Spell Again Bye Bye Birdie Sixteen Reason
Mr. Songwriter Too Many Rules From a Jack to a King Chains Catch Us If You Can
Go-kart twist Eclisse twist La pioggia En blue jeans et blouson d'cuir Love Me Baby (Cherry July)
Will You Love Me Tomorrow Maybe Be My Baby Born Too Late He's a Rebel
Luisianna Mama Then He Kissed Me Short on Love Johnny Remember Me (I Wanna) Love My Life Away
Melody Fair New York's a Lonely Town The Rain, The Park & Other Things Footsteps Carifornia Nights
Anna (Go to Him) Three Cool Cats Do You Know the Way to San José The Story of My Life Singing the Blues
Georgy Girl A World of Our Own I Saw the Light Un bacio sulle dita Gli occhi miei
(Help Yourself)

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 ※Cover Singer (Group) 部分の緑字は持っていない音源


Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
My Home Town Paul Anka (1960's Single)
Paul Anka

 ポール・アンカの曲はオールディーズ欄で "Cinderella" をジャンル不問欄でも数曲記していましたが、オールディーズ・ソングではやはりABCパラマウント時代の曲が中心に成りますが、わたしがレコード盤を買えるように成った時代には既にポール自身がABC時代の音源を管理して販売停止の状態でした。RCAでの再録盤しか入手できなかったのですが、`76年にCBS-Sony. が Epic レーベルを通して旧音源の発売をしてくれました。直ぐに入手しました。再録盤と2〜3年の違いですがやはり声質は若く初々しさが魅力です。
‘70年代のUA時代、`80年代の Columbia 時代のポール・アンカは違った魅力を持ったシンガーで



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Cry, Cry, Cry Jack Scott (1962's Single) Jack Scott
 
 ジャック・スコットは前ページで一番好きな "My True Love" を記していましたが、あの曲はBB誌HOT100で3位迄上がり本国カナダでは1位、イギリスでもヒットしていた曲ですが、日本で最もヒットしたのはこの曲 "Cry, Cry, Cry" だったそうです。結構早く小学生の頃から洋楽にハマっていたのですが、この曲のヒット当時はさすがに遊びに夢中だった時代ですね。`70年代後半に知った曲です。
 本国カナダやアメリカではヒットせず、日本東芝の関係者が探し出してシングル発売したのは流石ですね。若い頃のポール・アンカが作りそうな、日本人がイメージするアメリカン・ポップスそのものです。
`60年代はこうした、日本独自のヒット・ソングが沢山生れていました。インターネット回線など全くなかった時代だからこそでしょう。現在はアメリカでのヒットした曲しか話題に成らなくなった様です。ジャック・スコットは今では好きな歌手です。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Sad Story (悲しきストーリー) Jack Scott (1962's Single) Jack Scott
 
 ジャック・スコット連続ですが、 "Cry, Cry, Cry" の次に日本でヒットした曲(米国では間にもう一枚シングルが有った)。この曲 "Sad Story" も "Cry, Cry, Cry" と同様タイプの曲です。`50年代デビュー時のLPを最初に買ったのですが、その Curlton レーベル時代はロカビリー、カントリーっぽい曲調が主でしたが、Top Rank レーベルを経て大会社 Capitol レーベル移籍後の曲はカントリーの味付けは残したまま明らかにポップ調を主にした感じです。この曲もアメリカン・ポップスからイメージ出来る曲です。




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I Wouldn't Buy A Used Car From Him (恋の中古車) Norma Jean (1965's Single & Album "Pretty Miss Norma Jean") Harlan Howard
 
 ノーマ・ジーンというカントリー歌手の名前を知っている人は今や少ないと思います(ロックバンドの名前で日本・アメリどちらにも存在する様です)。`60年代に多くのヒット曲を放っていますがBB誌HOT100以内に入った曲は一曲も無く (134位というのが一曲だけありました)、すべてがカントリー曲チャートでのランクインです。 わたしは若い頃からカントリーが好きでしたので知っていましたので、`70年代後半に`68年発売の日本盤を中古ショップで購入しました。そのショップは宮下静雄さんが自宅収納から店舗新設で始めたばかりのオールディーズ専門ショップ「フォーエバー」でです。ノーマ・ジーンが既にオールディーズに成っていると思いました。
 この曲はポップ・カントリーなので、充分オールディーズ・ポップスソングと云えますし、ノーマ・ジーン緒代表曲の一曲でしょう。C・チャートで8位まで上がっています。




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Poetry in motion Johnny Tillotson (1960's Single) Mike Anthony,
Paul Kaufman
 
 ジョニー・ティロットソンは "Cutie Pie" を日本でのデビュー曲として前に選んでいまして、自作曲でしたが、この曲は提供された曲です。全米2位、全英1位、他ヨーロッパ各国、そして勿論日本でも4〜5年遅れでヒットしました。指揮者が棒を振るビッグバンドの演奏で歌っていた時代が思い浮かぶほどにバックの演奏が気持ち良い曲です。
 彼は典型的なアメリカ男性の好青年といった容姿の持ち主で、一気に人気が出た様です。日本でのヒット曲の多くは Cadence レーベル時代 (キングからSeven Seas 経由) の曲で、MGMに移籍後は何故か本国ヒット曲よりも日本の作曲家の曲を日本語で歌った物がヒットしていました。持っている「涙くんさよなら」「ユー・アンド・ミー」等のシングル盤にはメトロ映画でお馴染みのライオンマークが付いています。




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Bye Bye Love The Everly Brothers (1957's Album "The Everly Brothers" & Single) George Harrison (1974;s Album)
Simon & Garfunkel (1970's Album)

& Others
Felice Bryant, Boudleaux Bryant)

 エヴァリー・ブラザースの曲はそのハーモニーの魅力でドリーミィーな部分で人を惹きつけている事が多いのですが、また多くのシンガーやグループにカヴァーされていることでも有名です。ただ、カヴァーされている曲の多くはハーモニー・ヴォーカルで歌わなくてもメロディー自体にその要素が有るのが判ります。この曲は自作曲ではなくソングライター・チームのフェリスとダイダリウスのブライアント夫妻作の曲です。ドリーミィーな要素は無く、失恋の歌なのに、ロック調でどこかに「くじけないでまた新しい恋をさがそう」といった前向きな部分を感じ取れる曲です。





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Sherry The Four Seasons (1962's Single &
Album "Sherry & 11 Others")
Danny Iida & Paradiseking (1963's Single)
Bob Gaudio

 フォー・シーズンズは前のページで "Wall Like a Man (恋のハリキリボーイ)" を彼らの中で一番好きな曲として記していましたが、あの曲を聴くと映画『ワンダラーズ (The Winderers)』を想い出します、映画館の入替性も無かった時代でしたので冒頭部分のあの曲が流れるシーンを再度観てから退場した程です。
 そのフォー・シーズンズ最初の全米No.1ヒットで且つデビューヒットがこの曲。この曲は`60年代にも日本でヒットしていましたが、子供時代でしたので、フォーシーズンズのヴァージョンという認識はなく初代「コメットさん」の九重佑三子さんが (パラダイスキングで) 歌っていた日本語ヴァージョンが元歌だと思っていました。
 フォーシーズンズの多くの曲はハーモニーの素晴らしさもありますが、メンバーのボブ・ゴーディオの曲作りの凄さもあるでしょう。トレメローズでヒットした "Silence Is Golden" も彼の曲でした・




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North Wind (北風) Slim Whitman (1953's Single) "Texas" Bill Strength (1956's Single)
Kazuya Kosaka & Wagon Masters (1957's Single)
Rod Morris
 
 テキサス・ビル・ストレングスの歌で`50年代後半に日本でのみヒットしていた様で (昔はアメリカでもヒットしたと思っていました) `60年代にも日本で再ヒットしていました。その再ヒット時に知った曲で、大好きになった曲でした。日本では小坂一也&ワゴンマスターズの日本語訳と相まってかなり長い期間に渡ってラジオで流れていました。小坂一也さんはどことなくジョニー・ホートンに似ていて日本のカントリー・シンガーの中では一番好きでした。(十代が終わる頃にアルバムも買っています)
 「テキサス・ビル・ストレングス」という名前から最初はグループだと思っていましたが、どうも「Bill Strength」という男性の名前の様でアメリカでもヒット曲の無いシンガーなので詳しいことはわからにまゝ年数が経っていました。その後数年経ってオリジナル録音はSlim Whitman という大御所でこの曲は米カントリー・チャートで8位迄上がっていたという事を知りました。日本ではオリジナルではないヴァージョンが大ヒットしていたのですね。ちなみにこの曲がギターの弾き語りでわたしが人の前で歌った最初の曲でした(原語歌詞で覚えていました)。



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Thanks a Lot Johnny Cash (1959's Single) Ernest Tubb (1963's Single) Charlie Rich
 
 京都という街は昔から (他地域からの下宿住まいの人も含めて) 学生の多い所ですので、音楽を聴かせる喫茶店や音楽を演奏する若者が多い事でも有名でした。`60年代後半の岡林信康、高石友也、フォーク・クルセダーズなど「京都フォーク」が生まれる前の`60年代前半にはカントリーを歌う学生バンドがかなり有ったと聞いていましたし、`60年代後半でもラジオで頻繁に聴きました。
その様な影響が長く続いていてハンク・ウィリアムスとアーネスト・タブはよく聴いた記憶があります。
 この「サンクス・ア・ロット」は特にタイトルが気に入っていましたが、後に知った事はオリジナルはジョニー・キャッシュだったという事実。サン・レコード時代に吹き込んでいたのでした。
どちらにも良さがありますが、ジョニーの方がカントリーチャート12位アーネストの方はカントリーチャート3位と若干ポップさの違いがそこに表れていたようです。




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Kaw-Liga (カウ・ライジャ) Hank Williams (1953's Single) Kazuya Kosaka & Wagon Masters (1957's Single)
Charley Pride (1969's Single)
Hank Williams, Fred Rose
 
 10代前半の頃にラジオで流れていた洋楽曲の殆どはアメリカン・ポップスとヨーロッパのポップスで遅れてブリティッシュ・バンド組でしたが、負けないくらいに カントリー・ソングも結構流れていました。特にハンク・ウィリアムスが一番良く流れていたと思います。後に他の曲も気に入るのですが、最初はこの曲の異様なリズムが印象的で、ハンクと云えば「カウ・ライジャ」が一番に思い浮かぶ曲となりました。「カウ・ライジャ」も小坂一也とワゴンマスターズが日本語カヴァーしていました。




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The Lone Teen Ranger (ローン・ティーン・レンジャー) Jerry Landis (1962's Single) Jerry Landiso

 サイモンとガ−ファンクルのポール・サイモンが10代でのデビユーからの4〜5年ほどは種々の名前でシングル発売をしていたらしく、この曲もジェリー・ランディスという名前で出されていました。一応BB誌のチャートで97位とギリのチャートインだった様です。バリー・マンの人気曲 "Who Put theb Bump" の様な「パー、パー」と云った掛け声の様な奇妙な言葉が印象的な純ティーンネイジ・ポップスで、オールディーズ・ファンなら思わず微笑みそうな曲調です。ポール・サイモンもこの様なハツラツとした時期が有ったのだと妙に時代の流れを感じてしまいます。




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Three Steps to Heaven Eddie Cochran (1960's Single) Eddie Cochran, Bob Cochran

 悲運のロックンローラー、エディ・コクランのヒット曲。本国アメリカでは自動車事故による死の数日前、英国では死後数日後に発売されたシングルで英国ではNo.1ヒットながら何故か本国では108位と酷い差です。
 前ページでもエディの "Summertime Blues" を取り上げていましたが、他にも "C'mon Everybody" などどちらかというとロック調の曲で人気を得た人でしたが、この曲はドリーミィーなティーンネイジ・ポップスです。彼にはそのどちらのタイプの曲にも良い曲を残していました。彼の曲を取り上げるのは断然英国勢の方が多く、イギリス人に愛されながらイギリス遠征中に亡くなるとは皮肉なものです。




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Save the Last Dance for Me (ラストダンスは私に) The Drifters (1960's Single & Album "Save the Last Dance for Me") Randy Meisner (1978's Album)
Dolly Parton (1983's Album)

Fubuki Koshiji (1961's Single)
Buck Owens (1962's Single)
& Otherd
Doc Pomus and Mort Shuman

 この曲は昔から日本でも知られている曲ですが、当初はシャンソン歌手の越路吹雪さんの持ち歌だとかシャンソンが元の曲だとか、間違った認識が広まった程に越路吹雪さんの歌でヒットしていた日本です。
 元曲はわたしの好きなベン・E・キングが在籍していた米R&B・コーラス・グループのヒット曲です。BB-Hot100 チャート、BB-R&Bチャート共に1位のヒットでした。リード・ヴォーカルはかなり交代していたグループでベン・E・キング在籍時に多くのビッグ・ヒットを出していました。 "There Goes My Baby"、"This Magic Moment"、そしてこの曲 "Save the Last Dance for Me" とベンの在籍時です。
 そして "This Magic Moment" とこの曲の作者はドク・ ポーマス & モルト・シューマンでこのコンビの曲は良い曲が多いです。前ページ4曲目に記した "A Tennnager in Love" も彼等です。




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Money (That's What I Want) Barrett Strong (1959's Single) The Beatles (1963's Album
The Flying Lizards (1979's Single)
Janie Bradford, Berry Gordy

 アメリカのみならず世界中のポップス・ミュージックで元となるレーベルのひとつであるモータウン・レコード (Motown) 。そのモータウンに社名が替わる少し前、1959年にタムラ・レコード (Tamla) として創立されたレーベルで発売されてR&Bチャートで2位 (POPチャートで23位) に成るヒットを記録。その後ビートルズにカヴァーされて世界中に知れ渡った曲となっています。
作者にクレジットされているベリー・ゴーディーが、タムラレコード (モータウン) の創設者です。




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(Ghost) Riders in the Sky Stan Jones & His Death Valley Rangers (1948's Single) Peggy Lee (1949's Single)
Kazuya Kosaka & Wagon Masters (1956's Single)
Outlaws (1980's Album)

& Others
Stan Jones
 
 この曲、子供時代には既に知っていた曲で「イピヤイオー、イピヤイエー」の歌声が強く印象に残っていました。レコードで買ったのは小坂一也&ワゴンマスターズのアルバム内が最初で、次がサザーン・ロックバンドのアウトローズ (個別ページ有)。この曲はカウボーイ・ソングですので、ウェスタン・ミュージックの部類に入るのでしょう。そのウエスタン・ソングの代表曲のひとつで多くの人に愛聴されている曲です。
 昔はカントリー&ウェスタン (C&W) という音楽ジャンルがあり。わたしも様々なこの名称付きのオムニバス・アルバムを買ってきました。ただ、いつの間にか本国ではウェスタン・ミュージックを演奏する人が減り、ひっくるめて「カントリー」というジャンル分けに成ってしまったようです。それでも日本ではカントリー&ウェスタンという言葉は残り、日本製作のコレクション物オムニバス・アルバム等には今も使用されている様です。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Rawhide Frankie Laine (1958's Single) Keith Ferreira (Recording year unknown)
Kazuya Kosaka (1960's Single)

The Blues Brothers(1980's Album)
& Others
Ned Washington, Dimitri Tiomkin
 
 アメリカのテレビ西部劇ドラマで使われた主題歌。日本でも`50年代後半から`60年代中頃まで放映されていたのですが、わたしは観た記憶が有りませんでした。(後にクリント・イーストウッドが出ていたと知って驚きました)ただ「ローリン、ローリン、ローリン」という歌い出しはハッキリ覚えています。多分小坂一也さんの日本語ヴァージョンでの記憶だったのだと思います。フランキー・レインが歌った主題歌だという事を知ったのはかなり後の事でした。
その本家よりも『懐かしの外国TVドラマ・テーマ』という日本編集のオムニバス・アルバムに収録された Keith Ferreira という歌手が The City of Prague Philharmonic Orcestra をバックに歌ったヴァージョンが若干ロック寄りで良い感じなのです。このアルバム、消費税が変わるたびにカバーデザインを少し変えて同内容にての価格改定で発売されていました。ちなみにムチの音が印象的なのは小坂一也さんのヴァージョンです。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Wonderful World Sam Cooke (1960's Single & Album "The Wonderful World of Sam Cooke") Herman's Hermits (1965's Single)
Cools R.C. (1982's Album)
Ulfuls (1997's Single)

& Others
Lou Adler, Herb Alpert, Sam Cooke、(Barbara Campbell)
 
 「ワンダフル・ワールド」この曲は日本人もかなり好きなのか、わたしが日本で最も好きなバンド、クールスが「クールスR.C」と名乗っていた時代に『オールディーズ・スペシャル』に収録されていました、またウルフルズ・ヴァージョンも持っています。どちらも本家ヴァージョンよりも聴いていた回数は多かったです。勿論サム・クックヴァージョンも安心して聴けます。米BB誌HOT00チャートに限ればサム・クック12位に対してハーマンズ・ハーミッツのヴァージョンは4位迄上がっています。ハーマンズ・ハーミッツは九割以上は持っていますが、この曲のヴォーカルだけは何故か「ピーター・ヌーンではないのでは?」と思えてしまいます。アナログテープでの録音時代ですので、「テープの回転数を速めてマスターを作ったのでは?」と思えるほど声が幼く聞こえますが…
 作者名のバーバラ・キャンベルはサムの匿名らしいです、ハーマン達のヴァージョンには記載されていました。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Under Your Spell Again Buck Owens (1959's Single) Johnny Rivers (1965's Single)

Barbara Fairchild (1966's Single)
Buck Owens Dusty Rhodes

 バック・オーウェンスもカントリー界ではレジェンド級で忘れられない人です。ポップス界ではビートルズがカヴァーした "Act Naturally" の作者として知られる様になりました。「アンダー・ユア・スペル・アゲイン」はカントリーチャートで4位のヒットでしたが、彼は1位曲を21曲持っている人でした。チャート順位は時の運に左右されること多々あり、またこの曲の良さの受け取り方も人様々でしょう。わたしは彼の曲の中で一番好きです。一応カントリー・ソングですがポップ性も兼ね備えていて、ジョニー・リヴァースの曲はHOT00チャートで35位ヒットと成っています。個人的には同年代のジョニー・キャッシュよりバック・オーウェンスの方の曲が好きです。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Bye Bye Birdie Ann-Margret (1963's Single & Sound Track Albums)
Charles Strouse, Lee Adams

 アン=マーグレット、1960年代の外国映画の事を日本限定で振り返ってみるとハリウッド勢より結構仏伊の俳優・女優さんの人気の方が多かったと思えてしまいます。(わたしも、月並みながらアラン・ドロンの大ファンで8〜9割近くの映画を観ています)
 女優ハリウッド組では『ローマの休日』オードリー・ヘプバーン、『ウエストサイド物語』ナタリー・ウッド、などが浮かびますが、『バイ・バイ・バーディー』『ラスベガス万才』などのアン=マーグレットもその中のひとりでしょう。歌う女優として一時はかなりの映画出演で映画内で歌っていました。この曲もそういった中の一曲主題歌です。他の彼女の曲と聴き比べると若干舌たらず的に聞こえますが。
Ann-Margret / Best Selection



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Sixteen Reason Connie Stevens (1958's Album "The New Singing Sensation of Television" & 1960's Single)
Bill Post, Doree Post

 コニー・スティーヴンスも女優ですが、彼女はテレビ・ドラマ主で活躍した人で歌手としても結構多くの録音を残しています。『サンセット77』『ハワイアン・アイ』などわたしは観た記憶はないですが、このタイトル自体は知っています。`70年代後半からの第二期オールディーズ・ブームの際に結構話題になったコニーさんでした。
 彼女のBB誌トップ5内楽曲は2曲しかありませんが、この曲が3位で一番のビッグ・ヒットでした。ドリーミィーで典型的な当時のアメリカン・ポップスです。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Mr. Songwriter Connie Stevens (1962's Single)
Kay Rogers, Russell Murray

 そして、第二期オールディーズ・ブームで注目を浴びたコニー・スティーヴンスの楽曲でこの曲はあのブーム期には源盤シングルしか市場に出回っていなかった為に、異常に人気を呼んでいたと記憶しています。ブームが終わった後に、編集アルバムに収録される様に成りました。
 コニーの曲の中では曲の出来として (個人的感じですが) は一番なのではないかと思います。
コニーのこの時期の年齢は日本で云うと大学生時期なのですが、やはりこの曲では声質が幼い感じに聞こえます。そうでない曲も有りますが。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Too Many Rules (大人になりたい) Connie Francis (1961's Single of B-side "Together") Yukari Itoh (1962's Single)
Don Stirling, Harold Temkin

 コニーと云えば我が国では普通なら先ずコニー・フランシスでしょう。本国でのヒット曲も多く、数か国語での録音も有り日本語でも多くの曲を歌っています (この曲の日本語ヴァージョンも勿論あります)。 彼女の曲で一番好きなのは "想い出の冬休み I'm Gonna Be Warm This Winter" で既に前ページで取りあげています。そして次に好きなのがこの曲で、如何にも日本人が思うアメリカン・ポップスといったタイプの曲です。本国でのコニー・フランシスはこういったアップ・テンポ曲よりもスロー・ナンバーの方がヒット・チャート上位に位置していた様です。
 彼女もまた、いくつかの映画出演をしています(歌唱部分のみと云った映画もあり)。


Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
From a Jack to a King Ned Miller (1957's Single) Jim Reeves (1965's German Single)
Ned Miller

 この曲は2013年にイギリスから発売されたオールディーズポップスの『The Dot Records Story 195-1962』という三枚組のオムニバス盤に収録されていました。他にもいくつかのカントリー・ソングの編集盤には時々入っている様です。ネッド・ミラーはカントリー・シンガーですので普通はカントリー・チャートにランクインするのですが、この曲はカントリー・チャートで2位で、ポップス・チャートでも6位に成った曲の様です。普通にオールディーズ・ソングとしても聴けます。
 ただ、この曲最初はFaborというカントリー主体のレーベルから出された際はヒットせず、多ジャンル系の Dot レーベルからの発売で大ヒットしたという事でした。
The Dot Records Story 195-1962



Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Chains The Cookies (1962's Single) The Beatles (1963's Album)
Carol King (1980's Album)
Gerry Goffin, Carole King

 `50〜`70年代には多くの独立系レーベルが発足し、それぞれが独特の音楽ポリーシーを持って運営されていたので、知らない人のレコードでもレーベル買いで掘出し物を見つけることが結構ありました。このクッキーズも Dimension というガールズ中心のポップ・ソングを次々発表していた会社で有名に成っています。BB誌ポップスチャートHOT100で17位、R&Bチャートで6位のヒット成りました。そしてこの曲を世界に広めたのはビートルズでしょう。リードヴォーカルはジョージ、ジョン・レノンはデビュー時期には結構ハーモニカを吹いていましたが、この曲のイントロでも少し聴けますが、有っても無くても良い程度の登場なのは残念です。"Love Me Do" ではジョンのハーモニカは効果的でしたが。関係のないハーモニカの方に行っちゃいましたが、"Chains" は`60年代ソングの中でもやはり忘れられない曲です。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Catch Us If You Can (若さをつかもう) Dave Clark Five (1965's Album "Having a Wild Weekend" & Single) Dave Clark, Lenny Davidson
 
 オールディーズページと`60s Rockページで一曲ずつ取上げていたデイヴ・クラーク・ファイヴ。
この曲もラジオで良く流れていました。オルガンが印象的でロックぽいポップスナンバーです。
 この曲を主題歌にした映画も有り、同じタイトルなのに邦題はレコードが「若さをつかもう」で映画の方は「五人の週末」でした。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Go-kart twist (サンライト・ツイスト) Gianni Morandi (1962's Single & 1963's Album "Gianni Morandi")
Luciano Salce, Ennio Morricone

 ジャンニ・モランディは「ジャンル不問」ページで "In Ginocchio Da Te ()"、"Non son degno di te (愛をあなたに)" の二曲を取り上げましたが、最初のヒット曲はこちらの方で彼本来の歌い上げるタイプでなくロック系のポップスです。まだ彼が10代の頃でセカンド・シングルとして出ました。この曲が映画『Diciottenni al sole (太陽の下の18才)』(伊:1962年、日:1963年公開)の挿入歌として映画の中で披露された事がヒットに繋がったと言えそうです。作曲はその後映画音楽界の大御所に成るエンニオ・モリコーネです。日本では`63年公開時の最初にシングル盤のB面として (A面は他の歌手が歌った主題歌) 発売された様です。その後A-B変更で発売され直したとか。
 確かにこの曲は自然と腰を振るダンスが出来そうです。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Eclisse twist(太陽はひとりぼっち) Mina (1962's Single & Album "Renato") Mari Sono (1962's Single)
Collètto Tempia & His Orchestra (1962's Single)
Ammonio, Giovanni Fusco

 ツイストといえばすぐに浮かぶのは "Twist & Shout" ですが、この映画の主題歌も曲名にツイストの文字が入っています。日本でレコード盤全盛時に映画音楽集などを買うとこの曲は殆どが「コレット・テンピア楽団」演奏という如何にもサントラ風なインスト物でした。(この楽団、実は日本の楽団でサウンド・トラックでは無かったのです)
 インストではなく歌唱で劇中に使われたのはミーナの歌でした。作詞者の Ammonio は監督のミケランジェロ・アントニオーニの変名だという事です。映画の中でツイストを踊る場面はなくシリアスな内容です。原題は『L'eclisse 』で主演はアラン・ドロン。アラン・ドロンは一番好きな俳優で彼の日本公開映画の9割以上は観ています。未公開作でもテレビでだけ放映されたのも観ましたがそれに関してはタイトルさえも忘れてしまいました。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
La pioggia (雨) Gigliola Cinquetti (1969's Single & Album "Il treno dell'amore") Daniele Pace - Mario Panzeri - Gianni Argenio - Corrado Conti

 ジリオラ・チンクェッティは「ジャンル不問ページ」で一番好きな曲として "Gira l'amore (Caro Bebè) (恋よまわれ)" を取上げていましたが、この曲も劣らずに好きな曲です。全体的に彼女の代表作といっても普通に通るでしょう。イタリアの歌手で最も日本でファンが多いのはジリオラ・チンクェッティでしょう。この曲は`69年のサンレモ音楽祭ではフランス・ギャルと歌い6位入賞でした、優勝はボビー・ソロ&イーヴァ・ザニッキが歌った "Zingara (涙のさだめ)" という曲で日本ではヒットはおろか全く知られていない曲です。(わたしの持ているボビー・ソロのアルバムには入っていました)
 "雨" は [イントロ・ドン] の様なクイズでこの曲のイントロが1〜2秒流れただけで答えられるほどに印象的な出だしを持った曲です。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
En blue jeans et blouson d'cuir (ブルージーンと皮ジャンパー) Salvatore Adamo (1963's Single) Salvatore Adamo

 少しヨーロッパ系が続きます。
アダモ (サルヴァトーレ・アダモ)は、イタリア生まれでベルギー人歌手であり乍ら活躍の場はフランスでした。
ただこの曲「ブルージーンと皮ジャンパー」はフランスやベルギーの西欧圏チャートを見るとあちらではヒットしていない様です。最初のシングル発売は`63年、日本では`64年に発売もその時点ではヒットせず。1〜2年後にヒットしていた様な気がします。確実にアメリカンポップスのソングライターでは作れないようなヨーロッパの雰囲気タップリでそれでいて「かっこ良い」曲です。忘れられない曲です。ところで時々見かけますが、邦題は「革ジャンパー」ではなく「皮ジャンパー」です。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Love Me Baby (Cherry July) ? and the Mysterians (1967's Single_B-side of "Do Something To Me")
Rudy Martinez, Bobby Balderrama, Frank Lugo, Frankie Rodriguez, Woodman

 昔からのロック・ファンには"96tears 96粒の涙"で知られる?(クェスチョンマーク) とミステリアンズ。多くの曲は「ガレージ・ロック」系の曲を演奏していたのですが、この曲は意外な純ポップス寄りの曲です。当時はアルバム未収録でシングルA面の曲がBB誌チャート110位とHOT100漏れではありましたが少々のヒットになっています。アルバムに収録されたのは32年後の1999年、再結成後に発売されたスタジオアルバムとして通産4作目内でした。


Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Will You Love Me Tomorrow The Shirelles (1960's Single & Album "Tonight's the Night") Dusty Springfield (1964;s Album)
Linda Ronstadt (1970's Album)
Carol King (1971's Album)
Dionne Warwick & Others
Gerry Goffin, Carole King

 上の方でクーキーズの歌をビートルズが取り上げた "Chains" を取り上げていますが、同じようにガールズ・グループのシュレルズが歌った "Baby It's You"、"Boys" もビートルズが取り上げていました。多くのヒット曲を持つシュレルズですが私が一番好きなのはこの曲。さすがにデビューまもない頃のビートルズが取り上げそうにはないタイプですが多くのカヴァーが存在している曲です。オールディーズの黄金コンビジェリー・ゴーフィンとキャロル・キングの作品でキャロルも後にセルフ・カヴァーしています。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Maybe The Chantels (1957's Single & 1958's Album "We Are the Chantels") The Shangri-Las (1964's Single)
Janis Joplin (1969's Album)
the Three Degrees
& Others
Roger "Casey" Case, Richard Barrett

 この曲のオリジナルはカトリック系学校の合唱団から生まれたシャンテルズで57年に発売、翌年にR&Bチャートで2位 (Popチャート15位) まで上がるヒットとなりガールズ・グループのチャートインヒット・ソングとして先駆けとなっているそうです。私が最初にこの曲を聴いたのはまだ十代の時でジャニス・ジョプリンが最初です。ジャズやブルース・ロックなどを主に聴いていた時で、ジャニスのこの歌に感動しました。アルバイトしてジャニスの『I Got Dem Ol' Kozmic Blues Again Mama! コズミック・ブルースを歌う』を買ったのです。『Peal』や『Cheap Thrills』はもう少し後でした。
 オリジナルのシャンテルズ・ヴァージョンを聴くのは第二期オールディーズ・ブームになってからのことでした。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Be My Baby The Ronettes (1963's Single) Yukari Itoh (1964's Single)
Linda Ronstadt(1996's Album)

& Others
Jeff Barry, Ellie Greenwich, Phil Spector

 オールディーズ・ブームの時に、所謂ガールズ・グループと言われるジャンルの曲も多く出回っていました。グループとして最も有名だったのはフィル・スペクターの秘蔵っ子、ロネッツでしょう。
それでも、フィルの名前とメンバーのヴェロニカ・ベネットが彼と結婚したことによる話題性が有名にしたことに関係も有ったのでしょう。北米地域以外でヒットしたのはこの曲のみの様でした。
 多くの国でヒットしたこの曲は全米ポップ・チャートでも2位になり日本でも日本語歌詞が付けられ多くの歌手が歌っていたと思います。わたしは伊東ゆかりさんのを持っています。ジェフ・バリー&エリー・グリニッチというオールディーズの黄金コンビ作ですごく印象に残る曲です。
 ビートルズ搭乗前の`60年代前半には多くのガールズ・グループの曲がヒットしていましたが、ビートルズ搭乗後はガクンと減りシュープリームス (スプリームス) 位しかヒット曲が出なくなったようです。 (ガールズ・グループ全盛期で個人的に一番好きな歌はパリス・シスターズの "I Love How You Love Me" で前ページで取り上げています、この曲もフィルのプロデュースです)




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Born Too Late The Poni-Tails (1958's Single) Jill Jackson (1965's Single)

Others
Charles Strouse, Fred Tobias

 "Born to Late" という何とも可愛い感じの曲をヒット(BB誌ポップチャートで7位)させたのはポニー・テイルズという女性グループ。名前も可愛らしいのですが、写真を見る限り20代以上に思えるのでガールズ・グループというよりレディース・グループといった方がよい感じでしょうか?
 この曲、オールディーズ・ポップス・ファンには人気がありガールズ・ポップスとして必ず出てくる程のおなじみの曲です。
私の持っているカヴァーはジル・ジャクソン (ポール&ポーラのポーラ) のソロになってからのシングルでオリジナルとほぼ同じ歌い方でアレンジも似ています。




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He's a Rebel The Crystals (1962's Single & 1963's Album "He's a Rebel")
Gene Pitney

 クリスタルズはフィル・スペクターがロネッツをプロデュースする前に携わっていたガールズ・グループです。そして彼女たちの最大のヒット曲がこの曲でBB誌ポップ・チャートで1位になっています、曲の出来もヒットして当然の様な出来でジー・ピットニーの最高作と思います。
 ただ、この曲結構な曰く付きの曲で、出来立ての曲を聴いたフィル・スペクターが大ヒットを確信し、フィルの持つLAのスタジオにNY在住だったメンバーが来るのを待ちきれず、フィルの下で The Blossoms としてレコードデビューしていたリード・ヴォーカリスト、ダーレン・ラブを起用して録音してしまったとのこと。バックは当然、ブロサムズのメンバーが務めた物を[the Crystals] 名義で発表してしまったということです。 (`60年代初頭、車を走らせ続けて3〜4日かかるとか)
 発表名義がクリスタルズなので、今もクリスタルズの曲として記録されています。ただ、クリスタルズのメンバーとして、本来のメンバーが知らぬ間にということからダーレン・ラブをファンはメンバーとして認めていない人も多いようです。クリスタルズのリード・ヴォーカリストは初期,Barbara Alston、後期,Dolores Lala Brooks という説が普通です。




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Luisianna Mama Gene Pitney (1961's Single) HIsahiko Iida (1961's Single)
Gene Pitney

 上記曲の作者ジーン・ピットニーの曲として日本で一番知られているのがこの曲。本国では全くヒットしなかったのに日本語歌詞が付けられて飯田久彦さんが歌った曲が‘62年に日本中で大ヒット。飯田久彦さんはほぼこの曲のみながら数年間はラジオでよく流れていたと思います。その後彼はレコード業界に入りビクターやテイチクの役職に迄なっています。本家のオリジナル曲も日本でヒット、ジーンの名前はオールディーズ・ファンの間で知られています。
 「マイ・ルイジアナ・ママ、フロム・ニュー・オリンズ」というフレーズで子供時代からアメリカ南部に興味を持つきっかけのひとつになっています。
 当時シングル盤を買える時代では無かったですが、後にコンパクトLP盤、そしてCD盤になってからも彼のアルバムを買っています、忘れられない曲です。
Gene Pitney - Luisianna Mama +3Songs



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Then He Kissed Me (キッスでダウン) The Crystals (1963's Single & 1963's Album "He's a Rebel") Martha & the Vandellas (1963's Album)
The Beach Boys (1965's Album)
Jeff Barry, Ellie Greenwich, Phil Spector

 クリスタルズの曲中、日本で一番ヒットしたのはおそらく "Da Doo Ron Ron ハイ,ロン・ロン"ではないでしょうか?BB誌チャートでも3位になっていました、シルヴィー・バルタンやショーン・キャシディーなどがカヴァーしており、たしかにヒットしそうな軽快なポップ。ソングです。
 ただ、イギリスで一番ヒットしたクリスタルズの曲はこの曲、「キッスでダウン」、わたしも「ヒーズ・ア・レベル」の次に好きなのはこの曲です。この曲もジェフ・バリー&エリー・グリニッチの黄金コンビ作です。



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Short on Love (恋はスバヤク) Gus Backus (1963's Single)
John D. Loudermilk

 ガス・バッカスは一番好きな "Prisclla オー・プリシーラ" を既に前ページで Eddie Cooley のカヴァー・ソングとして取り上げましたが、日本でヒットの度合いがほぼ同等だったのはこの曲。カントリー系のソング・ライターJohn D. Loudermilkでラウダー・ミルク作の曲の中ではエディ・コクランがヒットさせた "Sittin' in the Balcony (バルコニーに座って)" にかなり近い曲です。
 この曲も日本でのヒットの一年前の`63年にアメリカで発売されていましたが本国未ヒットだったようです。




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Johnny Remember Me (霧の中のジョニー) John Leyton (1961’sSingle) Shigeru Katsumi (1961's Single)
Geoff Goddard

 この「霧の中のジョニー」という曲`61年のヒット曲だったのですね。はっきりと克美しげるさんの歌で聞き覚えがある歌だったので、もう少しあとの曲だと思っていました。オリジナルはイギリスの歌手ジョン・レイトンで唯一の英ヒット・チャート1位の曲です。どことなくウェスタン風カウボーイ・ソングのムードを持っていますが、アメリカではヒットしなかった様です。`60年代日本やヨーロッパでは西部劇が人気を得ていたのを思い出します。
 克美しげるさんは殺人罪で服役した際にすべてのレコードが永久廃盤になり、出所後も旧録音の再発は「エイトマン」がテレビ主題歌集に収録される程度で他は無かったのですが、2007年に
『蘇る封印歌謡 いったい歌は誰のものなのか』という本が出され、その付録として「さすらい」「おもいやり」「エイトマン」の三曲を再録音音源でCD発売されました。直ぐに購入しています。
 殺人罪や薬物不法所持など、人として情けない部分を多く持った人でしたが、ヒット曲も多く、結構多くの歌手仲間やファンの多い歌手だったと思います。
 ちなみにジョン・レイトンはフォスターの大好きな曲 "Beautiful Dreamer" を吹き込んでいます。
John Leyton / Johnny, Remenber Me + 3Songs



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(I Wanna) Love My Life Away Gene Pitney (1961's Single & 1962's Album "The Many Sides of Gene Pitney") Jody Miller (1978's Singl) & Others
Gene Pitney

 "ルイジアナ・ママ"のジーン・ピットニーをもう一曲、彼のシングル盤で一番最初に米ヒット・チャートに登場した曲で最高位39位に成っています。21歳時という十代の若さを持ったティーン・ポップスに近いポップ・チューンです。
 この曲も日本で発売されていればきっとヒットしていたでしょう。カントリー・シンガーのジョディ・ミラーが後にカヴァーしたものがリバイバル・ヒットしています。




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Melody Fair (The) Bee Gees (1969's Album "Odessa")
Barry, Robin and Maurice Gibb

 この曲を‘60年代オールディーズ・ポップスの所で記すのはどうかとも思いましたが、発売は`69年のアルバム内のことでした。英米ではシングル化もされず、一部の国のみでシングル化された様です。そしてこの曲をテーマソングにした映画『小さな恋のメロディー』が作られて日本公開される1971年に日本でシングル発売され、映画と同時にこの曲も日本中で大ヒットしています。当時のビージーズはロビンの高音を活かした聴かせるタイプの曲が好きでしたが、この曲はバリーとモーリスのコーラスで結構ポップス性の強い曲です。
 ちなみに`70年代中ごろまでは [The Bee Gees] と冠詞が付くのが普通でした。この時期発売のこのアルバムも表には冠詞が付いていませんがレコード盤のレーベルにはきっちりと冠詞付きの表示が付いています。日本語表示も「ザ・ビー・ジーズ」と「ザ」以外にも「ビー・ジーズ」と点(中黒)まで付けていました。それが「サタデーナイト・フィーバー」のヒット以降は洋盤でも冠詞は無くなり,邦盤は中黒点がなくなっています。`60年代発売の音源の再発盤では洋盤、邦盤ともに冠詞なしが普通になりました。兄弟のみの時期には冠詞が付かず、5人とか4人の時に冠詞付きだったのかな?とも勝手に想像もしたのですが真相は判りません、このアルバム『Odessa』は一応4人編成時です。




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New York's a Lonely Town (ニューヨークは淋しい町) The Trade Winds (1965's SIngle & 1967's Album "Excursions")
Andreoli, Poncia, Jr. (Anders & Poncia)

 この曲‘70年代後半、オールディーズポップスをよく聴いていた時期に映画『タクシードライバー』や『ミスター・グッドバーを探して』等を観たのですが、大都会ニューヨークに光と影の部分があることに納得していましたが、その頃に出会ったのがこのタイトルを持った曲。
 西海岸カリフォルニアに住んでいた子がニューヨークに移ったらサーフィンはできない遊ぶ場所も無いと孤独感を味わう歌です。そう、ビルばかりのビジネス街は働く場所であって住む場所ではないと実感します。
 子供のことを歌った曲ですが、`60年代前半のオールディーズ物ティーン・ポップス風ではなく、時代的には`60年代後半の雰囲気があります。(コーラス・ワークとかサウンド・アレンジだとか)

 作者はオールディーズ・マニアなら聞いたことのある名前、Anders & Poncia (ピーター・アンドレオリとヴィンセント・ポンシア・ジュニア) のコンビ。`65年にThe Trade Winds 名義でRed Bird レーベルからシングル発売、BB誌HOT100チャートで32位迄上がるヒットとなっていました。
 ただ日本では広く知れ渡ったという曲ではなく、マニア推薦タイプの曲でした。
 この曲、その後、Kama Sutra レーベルでLPが出て収録されたのですが、名義はThe Tradewinds と若干変わっています。わたしが入手したのはアルバム収録物で、シングルと同じ音源なのかどうかは不詳です。(おそらく一緒だと思います)




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The Rain, The Park & Other Things (雨に消えた初恋) The Cowsills (1967's Single & Album "The Cowsills")
Artie Kornfeld, Steve Duboff

 上の「ニューヨークは淋しい町」と同じく曲調としてはシンプルさ重視のティーン・ポップス・タイプではなく`60年代後半のポップ・ソングを感じます。オズモンズやパートリッジ・ファミリーの様な家族構成のグループ、BB誌HOT100チャートで2位まで上がりゴールド・ディスクを獲得しています。日本でも結構ヒットしていました。本国ではその後も長く活躍してヒット・チャートの上位曲を持っていますが、日本ではこの曲しか知られていない感じです。
 良き時代のアメリカ上流家庭の家族を思い浮かばせる様な曲ですが、誰でも普通に気に入るポップ・ソングでしょう。
The Rain, The Park and Other Things / the Cowsills



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Footsteps (悲しきあしおと) Steve Lawrence (1960's Single) Barry Mann (1961's Album)
Danny Iida & Paradice King (1960s)
Showaddywaddy (1981's Single)
& Other

Barry Mann, Hank Hunter

 スティーヴ・ローレンスの「悲しき足音 (漢字表記なる前は[あしおと]表記で発売されていたようです)」は彼の曲で日本で唯一広く知られている曲でしょう。オールディーズ物特集・編集盤などの中に結構よく含まれている曲です。BB誌7位,イギリスでは4位まで上がるヒットになっています。彼の本国でのヒット・シングル、ヒット・アルバムは "Go Away Little Girl" などかなり有るのですが、不思議と日本ではこの一曲の一発屋扱いです。
 作者がバリー・マンというオールディーズ・ファンならみんなが知っている人というのも納得ですが、`60年代前半の典型的なアメリカン・ポップスです。♪Why did you make me cry♪と女々しく泣きくれる男の歌なのですが、曲調はなぜか楽しい雰囲気なのが面白いです。
 わたしは本家のセルフ・カヴァーとパラダイス・キングの物を持っていますが、ベスト盤なのでオリジナルシングルの発売日は不詳です。この曲のヴォーカルは佐野修さんで、いつもニコニコ笑顔の人の歌う悲しい歌です?




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Carifornia Nights (星のカリフォルニア・ナイト) Lesley Gore (1967's Album "Carifornia Nights" & Single)
Marvin Hamlisch, Howard Liebling

 上記の"ニューヨークは淋しい町"、"雨に消えた初恋"などを聴き返していた時に、同じように`60年代前半のアメリカン・ポップスから徐々に変化し始めている「アメリカ・ポップスのスタイル」を持った曲が有ったのを思い出していたのですが、それがこの曲でした。
 `60年代前半に "涙のバースデイ・パーティ"、 "涙のジュディ" など連続大ヒットでデビューしたころの曲は典型的なアメリカン・オールディーズといわれるポップス・スタイルでした。その後`65年後半から`66年とチャートの下位にしかランクインしなかった彼女が久しぶりにBB誌16位と上位にランクインさせたのがこの曲。明らかに変わりつつあったアメリカン・ポップスの時代を感じる曲です。
 作者クレジットには映画音楽で有名なマーヴィン・ハムリッシュの名前が、納得です。




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Anna (Go to Him) Arthur Alexander (1962's Single) The Beatles (1963's Album)
Arthur Alexander

 オリジナルはアーサー・アレキサンダー、「ジャンル不問」ページで "Rainbow Road" を取り上げていますがあの曲は未シングル曲、そしてこの曲はBB誌R&Bチャートでは10位、ポップスチャートでは68位とごく一部では知れていた曲だったでしょう。それを`63年という昔にイギリスの若者が見つけてレコーディングして世界中に知れ渡らしたという曲です。
 今やほぼビートルズ・ナンバーと言っても良いくらいに知られている曲です。初期のビートルズはコーラスの付け方がうまく他の同時期のバンドよりも印象的です。




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Three Cool Cats The Coasters (1959's B-side Single of "Charlie Brown")
The Ferris Wheel (1967's Album)
The Beatles (1995's Album)
Ry Cooder (2005's Album)
Jerry Leiber, Mike Stoller

 この曲はコースターズの曲と云うよりビートルズが演奏したことで有名になったと思える曲です。コースターズ・ヴァージョンはアメリカでヒットした "Charlie Brown"のシングルB面曲。
 この曲をビートルズはレコードデビュー前1962年1月1日に行われたデッカ・レコードオーディションの為に演奏し録音されています。この様なB面曲を選んだのはブライアン・エプスタインだと言われています。
 その時の録音テープはデッカ・レコードとブライアン・エくスタインが所持して居たと言われていますが、そのどちらかから誰かがコピーして、海賊盤LPとして後に世に出ました。
 わたしも二種購入しています、下記画像左側が`79年11月、右側を`80年2月に普通は海賊版などを置いていない様なショップで購入しています。音質は元々が良いためにどちらもそこそこ良好ですが右側の方が少し良かったです。ジャケット写真もピート・ベスト時の物なので良心的でしょう。(左側の盤の曲名には何故か "Three Kool Kats" と記されています)
 これら海賊盤の正確な発売日時などは判りませんがわたしの購入前には既に世に出ていたことになります。(正規ルートでの販売は`95年の二枚組CD『アンソロジー』になります)
 それまでの海賊盤と言えば白いボール紙ジャケットに紺白二色のコピー用紙並みの紙が貼りつけてあった物が主流でしたので、これらのジャケットは正規盤い近い海賊盤でした。
 そして、その海賊盤より以前に正規録音として発売されていたのが、(他にも有ったかもしれませんが)知っている限りではフェリス・ホイールのファースト・アルバム内でした。フェリス・ホイールの演奏はコースターズのヴァージョンよりR&B寄りの演奏です。ビートルズの方はロック・スタイルで個人的にはどちらもがコースターズ・ヴァージョンよりも好みです。

The Beatles Decca Audution Bootleg_1The Beatles Decca Audution Bootleg_2


Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Do You Know the Way to San José (サン・ホセへの道) Dionne Warwick (1968's Album "Dionne Warwick in Valley of the Dolls" & Single) Bossa Rio (1969's Single) &Others
Burt Bacharach, Hal David

 「ニューヨークは淋しい町」「星のカリフォルニア・ナイト」などと同じような内容の曲をまた思い出しました。 [サンフランシスコからサン・ホセを懐かしむ] 歌です(`60年代の事です、`70年代以降は急速な発展で21世紀には大都市化しています)。
 この懐かしき曲、ディオンヌ・ワーウィックの歌で`68年の5月にアメリカでヒット(BB誌10位、CB誌2位)、しかし日本ではアメリカから遅れて`60年代後半にボサノヴァ・ブームが起こり、セルジオ・メンデスとブラジル66やジョルジュ・ベンなどがヒットを生んでいたことからか、セルジオ・メンデスのプロデュースによるボサ・リオのヴァージョンが1969年後半にヒットしていました。日本人にはボサノヴァ・アレンジのボサ・リオのヒット曲として知られているほどです。よくラジオで流れていました。
 ディオンヌ・ワーウィックの日本での知名度は相当に低く、ソウル・ファンには妹さんのディー・ディー・ワーウィックの方が本格ソウル・シンガーとして知られているほどです。ディオンヌ・ワーウィックの方は [R&B寄りのポップス・シンガー] といった位置でのシンガーだったといえそうです。彼女はバート・バカラック&ハル・デヴィッド・コンビの曲を多く歌いヒットさせているので、本国での知名度はディオンヌ姉さんの方が上の様です。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
The Story of My Life Marty Robbins (1957's Single) Herman's Hermits (1966's Album)
Burt Bacharach, Hal David

 バート・バカラック&ハル・デヴィッド・コンビの曲を歌って最初にチャートインさせたのはカントリー・シンガーのマーティー・ロビンスでその曲はこの歌 "The Story of My Life"。確かにカントリーですが、オールディーズ・ポップスのジャンルとしても納得できる、どこかに懐かしさを感じてしまう曲です。カントリーチャートでは勿論1位のヒットですがポップスチャートでも15位のヒットです。
 ハーマンズ・ハーミッツのカヴァー・ヴァージョンは完全にカントリー風味はなくスロー・テンポのポップソングに変えています。彼らの曲は英国盤アルバム『Both Sides of Herman's Hermits』に収録されていながら米国盤同名アルバムからは外されて数か月後のベスト盤に収録されていました。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Singing the Blues (ブルースを唄おう) Marty Robbins (1956's Single) Guy Mitchell (1956's Single)
Cliff Richard & The Shadows (2009's Album)
Melvin Endsley

 マーティー・ロビンスのヒット曲でポップ・チャートで1位に成ったのがこの曲。ただ、マーティーの方はカントリー・チャートでの1位、ガイ・ミッチェルが歌ったヴァージョンがBB誌ポップ・チャートで1位を記録しました。
 個人的には本家のヴァージョンの方が「飽きがこない」といった感じで永く聴けますが、ヒットしそうだと思えるのは確かにガイ・ミッチェルの方でしょうか?当時のオールディーズ・ソングらしさは出ています。ただバック演奏が軽快ではあるのですが少し安っぽく今となっては`50年代という古さを感じてしまいます。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Georgy Girl The Seekers (1966's Single & Album "Come The Day")
Jim Dale,
Tom Springfield

 "ジョージーガール"、この曲は`60年代後半のラジオで頻繁に流れており、覚えやすいメロデイーでもあり、何年、何十年経っても忘れない曲です。オリヴィア・ニュートン・ジョンやビージーズの三兄弟などイギリスやマン島生まれでオーストラリアへ移住したあとにイギリスへ戻ったパターンではなくシーカーズはオーストラリアで結成されイギリスでデビューしたフォーク・グループ。本国では勿論ヒット・チャート1位で英米でも3位以内に入る大ヒットとなっています。日本でもオリコン・ランキングなど開始前ですが、かなりのヒットだったのは間違いないでしょう。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
A World of Our Own (二人の世界) The Seekers (1965's Single & Album "A World of Our Own") Sonny James (1968's Single)
Tom Springfield

 "ジョージー・ガール"のヒットのあと、シーカーズの曲が日本でも連続で何曲か紹介される様になっていました。その中でわたしが特に好きだったのがこの曲。フォーク・グループらしい、アコーステイックなサウンドと清々しい済んだヴォーカルが、短くとも汚れなき青春の時代を過ごしていた (と思っている) 者には懐かしさをいつになっても思い起こさせてくれる曲です。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
I Saw the Light Hank Williams (1948's Single) Don Nix (1971s Album)
Johnny Cash & Others
Hank Williams

 ハンク・ウィリアムスは子供のころに覚えた洋楽シンガーの中ではエルヴィス・プレスリーに次いで覚えた名前でした。多くの曲をラジオで聴いて知ってはいたのですが、実際にレコードを買ったのはオールディーズ物を買い続けていた`70年代後半から`80年代初頭だったと思います。この曲発表時の日本は大戦敗戦後の米国統治下国家だったので、実際に日本で知れ割ったのは`50年代後半になってからではなかったのでしょうか? それでも何故か懐かしさを感じてしまうほどの素朴で未来を感じる曲です。
 上の方で "Kaw-Liga" を取り上げていますが、彼の歌は他にも多々ありすぎます。この曲もホントよく聴いた曲です。`60年代後半ブラザース・フォアやピーター・ポール・アンドマリーなどの曲がよくラジオから流れていた頃、日本の若いフォーク・グループも歌っていました。元はカントリー系・ソングなのですが、フォーク・ファンにも親しまれた曲でした。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Un bacio sulle dita (指先のキッス) Wilma Goich (1965's SIngle)
M. Grytzko(Grytzko Mascioni), Iller Pattacini

 `60年代〜`70年代前半、まだまだイタリア、フランスのポップスが日本でシングル盤の売れ行きランキング上位に沢山入っていた時代でした。(21世紀の今、世界中の音楽が似通った作りで国ごとの特色がなくなり、英語歌詞の曲が有利になってしまっています。今や伊・仏独特のメロディー復活は難しい感じです)
 イタリアの女性ポップ歌手で`60年代アメリカでも人気を博したのはパティ・ブラヴォやリタ・パヴォーネでしょうが、日本ではジリオラ・チェンクエッティやミーナ、そしてこのウィルマ・ゴイクの方が上記二人よりもはるか数倍人気がありました。
 そのウィルマ・ゴイクはどちらかというと前ページでしるした "In un fiore 花のささやき" や "Le colline sono in fiore 花咲く丘に涙して" 等のような、爽やかに歌い上げるサンレモ・フェス好みの曲が多かったのですが、この曲はどちらかというとフレンチ・ポップス風の可愛いポップ・ソングです。印象的で忘れがたい曲です。ウィルマ・ゴイクのヒット曲は殆どが`64年〜`69年中頃のRicordi レーベル時代に集中していますが、そのあと移籍した会社で再録した物が一時期出回っていました。




Title Original Singer or Group Cover Singer or Group Song Writer
Gli occhi miei (ささやく瞳)
Help Yourself
Wilma Goich (1968's SIngle) Tom Jones (1968's Single)
Dino (1968's Single) & Others
Mogol, Carlo Donida
(English Lyrics) Jack Fishman

 1968年のサンレモ音楽祭でウィルマ・ゴイクがディノと組んで歌い11位に成った入賞曲。それぞれ二人がソロでレコード発表しましたが、すぐ後にトム・ジョーンズの英語ヴァージョン (Help YOurself) が出て英・仏・豪などのヒット・チャートで1位に成り有名に成ったのですが、日本ではやはりウィルマ・ゴイクのヴァージョンがヒットしていました。トム・ジョーンズ・ヴァージョンは確かにイギリスでヒットしそうなタイプの歌唱ですが、ウィルマ・ゴイクの方は彼女の特徴である高音部の奇麗な部分が生きていて、そこがカンツォーネらしさを感じます。個人的にはウィルマ・ヴァージョンの方が聴き飽きない歌唱だと思います。






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